ポンコツ先生の自己満へそ曲がり国語教室時々アウトドア

中学校の国語や趣味に関する話題を中心に書いてます。

ポンコツタト食反と孤独のホニャララ(後編)

(しかし2ちゃんとかで使われてたこのタト食反とかタヒねとか、漢字を合わせて大文字にするという、「むべ山風を嵐といふらむ」式の言葉遊びって、いざ考えようとすると意外と見つかりませんね。「吾輩は猫である」の中の甘木先生って「某」の分解だと、何かで読んだ気がする。)

さて、それはそれとして、周りが家族連れやら学生サークルやら輩?やらがキャッキャウフフしている中で、場違い感疎外感をひしひしと感じながら、バックパックから色々と道具を引っ張り出して並べてみます。

 

(メスティンがトトロみたいに大中小あるのはご愛敬。全て100均)まずはコーヒーを一杯、ということでダイソーの1100円のミル&カップのセットに、途中で買った豆(マンデリン)を入れ、ガリガリ碾いて(※こんな字があるの知りませんでした。てっきり「挽く」だと思ってましたわ。)小メスティンで湯を沸かし、慎重にそそいでほっと一息。

 

スーパーの豆だからそれほどいいものではないと思うし(失礼)多分に雰囲気補正がかかってるのでしょうが、(妙に、うまい)のである。これはくせになるなぁ。

 

中メスティンで米を浸水させつつ、野菜炒めの野菜を切ろうと思ったら、カッティングボードがない!そして炒めるための鉄板やフライパン的なものも忘れてきた!・・・仕方ない。大メスティンの蓋をまな板にして、本体をフライパン代わりにして、ハム野菜炒めを作ることに。えらく久しぶりに引っ張り出した、30年物の「バックフォールディングハンター110」(釘が削れるとの触れ込みの)でハムや野菜を切ってみたところ・・・まぁロートルの割に切れることきれること。触れ込み通りに、「蓋ががっつり傷つきました」(泣)で、切れるのはいいんですが、やっぱり圧倒的に「重い」んですよね。有名なナイフの割には、あまり使っている人の動画や画像を見ないのも納得です。たしかにオピネルとか軽そうだもの。(でもここで「軽いナイフが欲しい」と思ってしまうのが、「沼への入り口」とわかっているのですよ。我慢我慢自重自重・・・)

  

計画では、アルスト一個だけ持ってきて、「米を浸水させておく」→「野菜切りと併行して米炊き」→「米蒸らしと併行して野菜炒め」→「炒め終わったころ蒸らし終わり」→(゚д゚)ウマー・・・という完璧な流れだったのですが、風が強くて意外と米が炊かさる(この○○さる、という北海道方言も、「いずい」と並んで説明しづらい言葉ですね。)のに時間がかかり、さらに炊きあがったらアルコールがなくなっていて、野菜炒めに移行するもなかなかジュージュー言わず、あっという間に継ぎ足したアルコールもなくなり、なんやかやですっかり炊いた米が冷めてしまう、という悲惨な状況に。(米を蒸らすためのタオルとかバッグとかも持ってきていなかったのも大失敗。)そこはダイソーの調味料入れをフルに活用し、(左からごま油、サラダオイル、醤油、乾燥ニンニク、塩こしょう、ほりにし、というラインナップ)かなり濃い味の野菜炒めに仕上げ、冷えた米にぶっかけて「ワシワシといただくのは人生の楽しみである(てなことを椎名誠が書いていたような)」ということで、何とか空腹は満たされました。しかしながら、食べてて感じた場違いな感じはなかなかキビシイものがあり、改めてソロでご飯だけ食べに来るところではないなという結論に達しました。孤独のタト食反は、独りだけでする分には逆に孤独ではない、大勢の中でするソロ飯こそ孤独である、というパラドックスを、今更ながら思い知らされました。(なんかブーマーさんの動画にも、そんなのがあったような。)次回は少なくとも、キャンプ場か橋の下か(調べてみると結構橋の下は火気を使っていい場所があるんですね。)ひっそりとタト食反、もしくはもう思い切って泊まりがけでキャンプに行ってしまおうと思います。

それにしても、いわゆる「映える」写真というのは難しいものですねぇ。いや、別に芸術的な写真を撮ろうとは思わないのですが、どうせ飯の写真なら、飯テロと言われるくらい「美味そう」に撮りたいじゃないですか。いろいろと工夫してみるとしましょう。それではまた。再見。(←※私は基本考え方は右傾してまして、現在の中国は大っ嫌いです。吉川英治三国志水滸伝は大好きでしたが。)