ポンコツ先生の自己満へそ曲がり国語教室時々アウトドア

中学校の国語や趣味に関する話題を中心に書いてます。

頭の体操の解答と回答と解説(ドヤガオデエラソウダネドウモ)

えっと、解答(回答)です。(←なんか新井素子のあとがきみたい。)

問①急な坂道で、重そうな荷物を載せた荷車を運ぶ親子連れがいた。後ろで押している人に「前で引いているのはあなたの息子さんですね?」と聞くと「そうです」という。ところが、前で引いている若者に「後ろで押しているのはあなたのお父さんですね?」と聞くと「いいえ違います。」という。こんなことがありうるか。

世知辛くて嫌だけどまぁそれでもありうるか、という答えとして、「前で引いている息子がすごく父親を嫌っていて、親だと思っていなかった」というのが昔ありました。親でもなければ子でもない、ってヤツですね。で、そういうひねくれたというかイタイ答えではなく、ちょっと鋭い子は「ありうる。お母さんだった」とすぐに出てきます。ではなぜその答えがすぐに浮かばないかというと、「急な坂道」「重そうな荷物」「親子連れ」という言葉で、「力仕事」「重労働」というイメージから、「父親」という先入観が生まれてしまい、なかなかそこから抜けられないとのこと。ただし、昨今の世間の情勢からいうと、「力仕事=男」というイメージ自体を思い浮かべることすら、「ジェンダー的にその決めつけはおかしいざます!qあwせdrftgyふじこlp;@:「」!謝罪と賠償を・・・」となりかねないので、何かとやりづらくなってきました。(んなこたーない)

      ,一-、
     / ̄ l |   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ■■-っ < んなこたーない
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     | У..  |  (←このAAも何のことだかわからん人ばかりだろうなぁ。)

問②あるところに、顔かたちがそっくりな二人の子供がいた。生年月日も両親も同じだというので、「では君たちは双子だね?」と聞くと「違います。」という。こんなことがありうるか。

一問めも二問めも、早く分かった子には時間かせぎに「〇字以内で答えてごらん。」とたたみかけます。(一問めは「ひらがな5字で=ははだった」もしくは「漢字一字で=母」となりますか。)二問目は「ひらがな6字で」と指定します。まぁそれで「みつごだった」という答えが出てきます。それでもよく分からない子には、「おそ松とチョロ松がいたんだよ。」と言えば理解してくれますね。(だから正しくは「三つ子以上のうちの二人だった。」ということになります。)これも問題をよく読むと、「そっくりな二人の子供がいた」という表現が実に巧みです。これがもし「そっくりな子供が二人いた」という表現だったとしたら、おそらくもっと簡単に考えが浮かんだことでしょう。「二人の子供が」で、人数を限定されたような印象を与えることができるわけで、「ちょっと表現が違っても受ける印象が変わる」例として使える問題です。

 当然私たちの年代は「おそ松くん」ですが。

③ある池に、近くにあった石を投げ込んでみると、その石はいきなりもぐったりしずんだりし始めた。これはいったいどういうことか?

これは一瞬で気づく子と、そうでない子に分かれ、気づいた子も何と答えたらいいかわからない問題です。これは4字もしくは5字で答えてごらん、と言いますが、中々思いつかないようです。(4字→とうぜん 5字→あたりまえ というのを答えとしておきます。今の子だったら、3字→ふつう の方が出てくるかも。)これくらいになると、「なんで気づかなかったと思う?」と投げかけると、「~たり~たりって表現は普通は逆のことに使うから」と、ちゃんと説明できる子が出てきます。いい傾向です。

④ある所に3メートルのロープで首をしっかりとしばりつけられた牛がいた。その牛をつなぐ丸太は、しっかりと地面にうちつけてある。意地悪な子供が来て、牛のえさを丸太から6メートル離れたところに置いていった。ところがしばらくしていってみると、その牛はえさを全部食べてしまっていた。丸太は抜けていないし、ロープも切れていないし結び目もほどけていない。これはいったいどういうことか?

そろそろいろいろ疑いながら読むようになってきたので、意外と気づく子が増えてきます。それでも「別の牛が食べた」とか答える子はいますし、それでも答えになるけど、「そういうことじゃないだろう」という空気がなんとなく生まれてきます。なかには「首は縛ってあっても、丸太につないでいるとは書いていない」などと具体的な説明ができる子も出てきます。

⑤大金持ちの「金羽有三(かねはあるぞう)」の家の召使いから警察に「大変です、ご主人様が毒殺されています」と電話が来た。警察が来てみると、密室の中に金田有三の死体と、青酸カリの入ったウィスキーのビンがあった。当日家には、客として主治医の「折賀八太(おれがやつた)」と甥の「半忍田太郎(はんにんだたろう)」孫の「青山リカ(あおやまりか)」がいた。さて、怪しいのは誰だろうか?

これは不肖私の作った問題ですが、さすがにかなり多くの子が見破りますね。それでもあまり深く考えない子は名前の印象で選んでしまったりします。でもコナンなんかを見ている子はすぐに「密室なのに毒殺と分かるのは変だ」と気づきます。推理小説や推理ドラマでよくあるパターンですね。これを端緒に推理小説を読んでくれる子が増えるといいなと思っています。「推理小説を読むと国語の力がつくよ」とは常々いろいろな場面で生徒に言っています。(が、私自身がここしばらく新しい推理小説を読んでいません。悲しいことに。)さて、ここまで続けてきて「メイン」の最後の問題です。

⑥ある所に、故障して銃口から1メートルしか弾が飛ばない銃を持った猟師がいた。その猟師が、10メートル離れた木の枝にとまっている鳥をその銃で狙って撃ったら、みごと命中した。鳥は木から離れていないし、猟師も木に近づいていない。ではどうして命中したのだろうか?

「銃を投げつけたら当たった」「後ろから強烈な風が吹いてきて弾が飛んでいった」などの答えがまず出てきます。「でもなんかスッキリしないよね?」と投げかけてさらに考えさせると、やがて「銃身が長かった」という答えを出す子が出てきます。つまり、「銃が9mあった」という回答です。たいていはみんなそれで「おー!」と納得するのですが、「馬鹿馬鹿しいようだけど、それがアリだとしたら?他には考えられないかい?」とたたみかけます。すると「枝が9mあった」「鳥が9mあった」「弾が9mあった」などと次々に出てきます。「猟師の手が9mあった」もいいでしょう。(昔やった時には、真っ先に「猟師がルフィだった」という答えが返ってきて、「腕が9mあったわけだね?」から広がったこともありましたね。)さらには、「猟師は木から10mの高さの崖の上から撃った」なんて3Dの答えを考えつく子もいました。どこの会社か知りませんが、入社試験でこんなのを出されたら、確かに柔軟な発想の人材が集められそうですね。国語では絞っていく解答も、広げていく回答も、両方大切だと思います。

前述したとおり、国語の読み取りではいろいろな考え方ができる場面があり、そのときに「馬鹿馬鹿しいと思うような考えも大切にする」「人と違う考え方があればそれを寄せ集めて(昔は元気玉の例えを使っていたのですが、なかなか通じなくなってきました。)考えを深めることを大切にする」「空想力、想像力をはたらかせ、書かれてある表現の可能性を考えることを大切にする」などのことを、授業で発揮してほしいという締めでオリエンテーションを終えています。(まぁその場は楽しんでくれても、実際の授業ではなかなか発揮させられずに悩むところではありますが。)長々つづってきましたが、国語のオリエンテーションとして(良いのか悪いのか分かりませんが)こんなことをやっている変な先生もいるということでご笑納ください。どっとはらい