ポンコツ先生の自己満へそ曲がり国語教室時々アウトドア

中学校の国語や趣味に関する話題を中心に書いてます。

太宰治「走れメロス」についてのあれこれの訂正とお詫びとその⑨

 

まずは訂正とお詫びからさせていただきます。このシリーズの⑤で、フィロストラトスの「今はご自分の命お命が大事です。」という言葉を、「原典にはない」と書きましたが、これは誤りで原典にもちゃんとありました。こちらの勘違いでした。大変申し訳ありませんでした。逆に太宰が、原典ではメロスの弟子(あるいは召使い?)であったフィロストラトスが主人をおもんばかったセリフを、セリヌンティウスの弟子ということに設定を変えたのに、原典のセリフだけそのまま使ったために、少々意味の分かりづらい言葉になってしまった、というのが正解だと思われます。(原典ではメロスは吐血していないので、メロスの健康状態を心配して、というのも当たっていないことになります。重ねて申し訳ありませんでした。)

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さて、ではあらためまして・・・メロスとセリヌンティウスは、何も言わなくても以心伝心で通じる関係だということは、メロスが王城から村に戻る時に、セリヌンティウスが無言でうなづき(=帰ってくることを確信しているから「絶対帰ってこいよ。」とか「信じてるからな。」とか余計なことをいう必要がない)ひしと抱きしめた(=メロスは間違いなく帰ってくる→メロスは間違いなく処刑される→死亡フラグが立っている→これが今生の別れ!という万感の思いをこめた抱擁)あたりでも分かります。ちなみにこの表現は、原典でも出てきますので、シラーが原典の詩を書く段階で、その含みを持たせて書いたものと思われます。

しかしながらその信じ合う心は、村から戻る途中の三つの(フィロストラトスを入れれば四つの)難関を突破する途中で折れてしまいます。一つ目の川(=自然)は愛と誠の力で、二つ目の山賊(=他人)は正義の力で乗り切りますが、三つ目の身体疲労と精神(=自分自身の弱い心)には負けてしまいそうになります。

ところで、この三つの難関について生徒からよくでる疑問として、①「山賊は本当に王の命令で来たのか?」②「なぜ水を飲んだだけで復活したのか?」というものがあります。自己満へそ曲がり流読解(というか、これらはほぼ全ての先生もそう教えると思いますが)①は明らかに王の命令で来たように太宰が書き換えています。

「人質」の表記→しばらく行くととつぜん、森の暗がりから一隊の強盗が躍り出た。行手に立ちふさがり、一撃のもとに打ち殺そうといどみかかっ。飛鳥のように彼はとびのき打ちかかる弓なりの棍棒を避けた。「何をするのだ?」驚いた彼はあおくなって叫んだ。「私には命の外はなにも無い。それも王にくれてやるものだ!」。いきなり彼は近くの人間から棍棒を奪い、「不憫だが、友達のためだ!」と猛然一撃のうちに三人の者を彼は殴り倒し、後の者は逃げ去った。

このように、原典には「その命がほしいのだ。」も、「さては王の命令で〜」も、なにより「山賊たちは、ものも言わず」という、王の命令であることの「におわせ」の言葉も一切ありませんから、リアル山賊だったとみるべきでしょうし、太宰は明らかに「まず帰ってこない、あるいは命が惜しくて遅れてくると思うけど、万が一帰ってきた場合(→王の面目丸つぶれ)に備えて保険をかけた王の命令」と「読み取ってもらいたがっている」ので、素直にそう読んでおくべきでしょう。

その②について。まずメロスが倒れた理由ですが、「二日間徹夜」「結婚式の準備」「三日間で合計約120キロの移動」「前日深夜まで宴会(飲酒?)」「飲まず食わず」「濁流を泳ぐ」「峠を登り駆け降りる」「山賊(推定5人?→「残る者の」は複数のイメージ)との格闘」「高温(午後の灼熱の太陽)」からの「めまい」ときたら、これはおそらく「熱中症でしょうね。(昭和なら日射病?あとハンガーノックの可能性もあり)だとしたら、「水分補給」と「まどろみ=短時間の睡眠」で回復するのは、医学的にもまぁ納得できなくはないですね。

ところで、このメロスの闇堕ち場面の、長い長い独り言は、原典ではほとんど出て来ません。倒れてちょっとボヤいたらすぐ水を見つけ、飲んですぐ走り出します。つまり原典ではメロスは全く闇堕ちしていない。徹頭徹尾神に愛でられたステレオタイプのシンプルなヒーローであり、勇者なのです。それに対し、この太宰オリジナルの長い独り言については、あっちに行ったりこっちに行ったり、上がったり下がったり、まさにジェットコースターのように揺れ動きます。同様に、「走る理由」もどんどん変わっていきます。

①村を出るとき・・・人の信実の存するところをみせてやろう、殺されるため、身代わりの友を救うため、王の奸佞邪知を打ち破るため、名誉を守れ

②復活して走り出す時・・・私を待っている人があるのだ、静かに期待してくれているひとがあるのだ、私は信頼に報いなければならぬ。今はただその一事だ。私は信頼されている、正義の士として死ぬ、正直な男のままにして死なせて、その男を死なせてはならない

③フィロストラトスとの会話から・・・信じられているから走るのだ、間に合う、間に合わぬは問題でないのだ、人の命も問題でないのだ、なんだかもっと恐ろしく大きいもののために、メロスの頭は空っぽだ、何一つ考えていない、訳の分からぬ大きな力に引きずられて走った

まず「恐ろしく大きいもの」とは、「恐ろしく」て「大きいもの」ではないこと、つまりゴジラみたいなものではなく、「とてつもなく大きいもの」である、と確認します。そのうえで、多くの生徒は、「恐ろしく大きいもの」とは?という問いに対し、最初の目的である「王の考えを正すため」「信頼に応えるため」と回答します。しかしながら、これらは「間に合わないと実現できない」ことであり、「間にあう間にあわぬは問題ではない」というセリフに矛盾します。また、「友の命を救うため」も同じく、「人の命も問題でない」に矛盾します。毎年ここで生徒はわけがわからなくなります。ここは逆に、書いてあるとおり素直に「信じられているから」と考えるとしても、ちょっと言葉足らずでわかりづらいかもしれません。なぜならば、多分メロス自身も、具体的な言葉にするのが難しいし、そもそも頭が空っぽで、何も考えていない、言わば理性ではなく訳のわからない感情が彼を走らせているし、それは「信頼にこたえなければならぬ」という義務感からさらに一歩進んだ、「信頼には応えたいから」という、理性をこえた感情であり、もっといえば「自分がそうしたいから」という、むしろ究極の自己中心的衝動といえるのではないでしょうか。

そもそもメロスの行動を振り返ると、「勝手に」というものばかりです。勝手に王に対しブチ切れ、勝手に殺しに向かい、捕まったら勝手に友を身代わりにし、勝手に結婚式を挙げに帰り、勝手に結婚式の日程を変え、勝手に準備のできていない婿を新郎にし、倒れてからは勝手に悲劇のヒーローぶり、勝手に友を疑い、勝手に悪徳者になろうとし、勝手に婿にやったはずの羊を取り返そう?とし、勝手にあきらめ、勝手に復活し・・・数えたらきりがありません。「独り合点」「独りよがり」と似た言葉が二回でてきますが、まさに「独りよがり」の連続でした。ただ、「こたえねばならぬ」という義務的な意識から、さらに変容した、「したいからする」という意識は、自分勝手ではありますが純粋であり、本能的なものとすら言えるかもしれません。で、結局ポンコツ先生としては、「恐ろしく大きいもの」とは「信頼には応えたいという、人間の本能的な感情」と教えています。ひょっとしてこのサイトをご覧になっている国語の先生がいらっしゃったら、何と教えているかぜひご教授願いたいと思います。

さて、今回は以前の投稿のミスの謝罪を入れたこともあり、やたら長くなってしまった上に、わかりきった内容がほとんどで心苦しいのですが、読んでいただいた皆様、ありがとうございます。次回もメロスがらみですが、よろしければまたおつきあいください。