ポンコツ先生の自己満へそ曲がり国語教室(と年寄の冷や水)

中学校の国語や趣味に関する話題を中心に書いてます。

太宰治「走れメロス」についてのあれこれその⑦

小説は、大抵何らかの変化を書くもので、前回述べた内容を使うならば、走れメロスは「人間不信で顔面蒼白になったディオニスが、人間らしさを取り戻して羞恥で赤面する物語」とまとめることができるかと思います。同じくメロスで言うならば、「激怒で赤面したメロスが、羞恥で赤面して終わる物語」とまとめることができます。90%の先生が触れるであろう、この物語全体を通じてのイメージカラー「赤」の意味することを考えていくのは、メロスの読み込みに非常に大事な要素となります。物語の順番に拾っていくと・・・

・メロスは激怒した。・妹は頬を赤らめた。・歓喜に酔っているらしい花嫁・花婿はもみ手して、照れていた。・日は既に西に傾きかけている。・午後の灼熱の太陽が〜・真紅の心臓をお目にかけたい。・愛と信実の血液だけで動いているこの心臓・斜陽は赤い光を木々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。・二度、三度、口から血が噴き出た。・塔楼は夕日を受けてきらきら光っている。・赤く大きい夕日ばかりを見つめていた。・まだ日は沈まぬ。・日はゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も消えようとしたとき・刑場いっぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。・メロスは腕にうなりをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。・顔を赤らめてこう言った。・一人の少女が、緋のマントをメロスにささげ。・勇者は、ひどく赤面した。

これ以外の色といえば、最初の夜の町の「黒」と宴会の時の黒雲、暴君の蒼白な顔くらいでしょうか。やはり圧倒的な赤のイメージの強さが目立ちます。

(蛇足ですが、メロスとセリヌンティウスがお互いに刑場で殴り合った時、生徒の中には意外に「グーパンチ」で殴ったイメージを持つ生徒が多くいます。刑場いっぱいに響くほどのグーパンチなら、頬が腫れるどころではなく、メロスが失神して話が終わってしまいますから、ここは平手打ちと考えるべきですが、「殴る」という言葉のイメージは、生徒にとっては「グーで」なんですね。)

さて、いよいよメロスの読解の心臓部である、「ディオニスはなぜ改心したのか」ということについての「自己満へそ曲がり流読解」に移ります。以前にも述べた通り、単純に「メロスとセリヌンティウスの熱い友情、人と人との信実に感動したから」ではなく、「メロスが裸だったから。」という読解について書かせてもらいます。

まず、原典と「暴君ディオニスは、群衆の背後から二人のさまをまじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔を赤らめて、こう言った。」の箇所の改変について考えます。原典ではディオニスは刑場にはおらず、顔を赤らめてもいません。当然太宰は何らかの意図を持って①ディオニスを刑場で実際に見聞させ、②赤面させた、ことになりますが、その改変の意図を考えた時に、自己満へそ曲がり流読解では、以下のように考えます。

その①ディオニスを刑場に居させた理由は、ディオニスに二人の様子だけではなく、刑場に集まった群衆の反応を見せさせたかったから、だと思います。つまり、メロスはギリギリ間に合ったわけですから、本来であればこの後、王はセリヌンティウスを放免し、メロスをはりつけにしなければなりません。ところが群衆は、あっぱれ、ゆるせ、と口々にわめくわけです。さすがに暴君とはいえ、この状況では「はいはい、でも約束だからメロスははりつけにしますから〜残念❤」とは言いづらい。そして何より、おそらく王はもうそろそろ人を殺すのに飽き飽きしていたのではないか、と思われるのです。「暴君はおちついてつぶやき、ほっとため息をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」の表現あたりに、その片鱗がうかがえます。ディオニスは人の心理を、ひいては場の空気を読む能力に長けています。だから、約束通りここでメロスを処刑することと、これを機会に人殺しをやめることを天秤にかけて考えたのでしょう。逆にいえば、もし人殺しをやめるなら、この機会しかない。だが、自分は王として負けを認め、約束を違えてメロスを許すことになる。それはかなり恥ずかしい。

その②負けを認めることは、王としては威厳が下がってしまう、かなり恥ずかしいことだから、顔を赤らめて告白します。ただ、その「王としての威厳がだだ下がる恥ずかしさ」を乗り越えさせ、赤面しながら和解を申し出ることにした理由こそが、何度も述べてきた「メロスが裸だったから」なのです。「やってきたメロスが、口元や胸が血だらけで、服がボロボロでほとんど素っ裸の、果てしなくみっともない姿だったから。」なのです。つまり、「自分の何倍もみっともない、恥ずかしい姿をさらしているメロスがいて、なおかつその姿を群衆が『尊い』と感じているからこそ、自分も恥を忍んで和解を申し出ることができた」のです。自己満へそ曲がり流「ディオニスが改心したのは、メロスが裸だったから。」とはこういう意味です。ここでちょっと想像してみてください。「もしメロスが全然トラブルに遭わず、日没よりはるか前に、きれいな格好で刑場に現れ、メロスが思った通りに高らかに笑いながらはりつけの台に登って、かっこよくディオニスに『さぁ私を貼り付けにしろ』と言ったら?」どうなるでしょうか。

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果たして太宰版のディオニスは原典のように、素直に「負けた」と認めて改心するでしょうか?私はディオニスはむしろ「ぐぎぎぎ」と腹を立て、さらに意固地になり、約束通りメロスを処刑し、さらに暗黒面の深いところに入っていくとしか思えません。メロスが格好良く颯爽としていれば、ディオニスも威厳を保ち格好つけるしかなくなります。メロスがみっともなかったから、ディオニスも恥ずかしい振る舞いをすることができたのです。

長くなってしまいました。この件については、もう少し付け加えることがありますが、それはまた次回。よろしければまたお付き合いください。