ポンコツ先生の自己満へそ曲がり国語教室(と年寄の冷や水)

中学校の国語や趣味に関する話題を中心に書いてます。

太宰治「走れメロス」についてのあれこれその⑤

フィロストラトス(年齢不詳)の言動を並べてみると、確かに支離滅裂なところが目立ちます。ちょっと引用してみますと・・・

「もう、だめでございます。むだでございます。走るのはやめてください。もう、あの方をお助けになることはできません。」「ちょうど今、あの方が死刑になるところです。ああ、あなたは遅かった。お恨み申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」「やめてください。走るのはやめてください。今はご自分のお命が大事です。あの方は、あなたを信じておりました。刑場に引き出されても、平気でいました。王様がさんざんあの方をからかっても、メロスは来ますとだけ答え、強い信念をもち続けている様子でございました。」「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」

太宰がフィロストラトスを何歳くらいに設定しているのかは不明ですが、十代の弟子だとしたらこの口調に、ちょっと違和感を感じるのは私だけではないと思います。まぁせいぜいセリヌンティウス25歳、フィロストラトス20歳くらいなら何とか納得もいきますが、でもやはり「弟子」ってのがやっぱりひっかかりますね。(「あの方」なんて言い方には、敬意よりはどちらかというとBLのにほひがそこはかとなく・・・私もいい歳して腐った方に発想がいっちゃってるなぁ。)とにかく、「走るのはやめろ=セリヌンティウスが処刑されてメロスは放免されろ」と言ってるわりには恨み言を言ったり、セリヌンティウスが最後までメロスを信じていた、とか言って罪悪感を煽ったりと、矛盾を感じる「マッチポンプ」発言ばかりです。(もちろんこんな異常な状況だし、フィロストラトスはまだ若いのだから混乱して訳の分からないことを言ってる、とは理解出来ますけど。)そして最後には、呆れかえってしまったのか敬語すら使わず、むしろ上から目線の、あきらめ感のただよう尊大な口調にすらなっていますよね。

f:id:ponkotsu1000sei:20220102121522j:plain馬鹿馬鹿しすぎて結構ツボw

ここで自己満へそ曲がり流に引っかかりを感じるのは、「今はご自分のお命が大事です。」というセリフです。これは原典にはない言葉なので、太宰の創作となりますが、よく考えたらこの言葉ちょっと変じゃないですか?この段階では「間に合えばメロスが処刑されセリヌンティウス解放、間に合わなければセリヌンティウスが処刑されメロス解放」というルールですから、ギリギリ間に合わなくても全然間に合わなくても、メロスは解放されるわけです。「もう間に合わない」と思っているのならば、何にしてもメロスは処刑から逃れることができるわけです。だとしたらこの「お命が大事」というのは、「この場から逃げろ」と言っているのでしょうか?それもおかしいですね。逃げようが逃げまいが、間に合わなければメロスの命は助かるのですから。だとしたら、「走ると命に関わる」とはどういうことか。これはおそらく、フィロストラトスに出会う直前の、この表現と関連するのではないでしょうか?

風体なんかはどうでもいい。メロスは、今は、ほとんど全裸体であった。呼吸もできず、二度、三度、口から血が噴き出た。

つまり、フィロストラトスに出会った時に、メロスは濁流、山賊との戦いで衣服がボロボロになり、ほぼ全裸で、口から噴き出た血で口元や胸元が血まみれになって走ってきたわけで、それを見てフィロストラトスは、①「このまま走り続けたら、さらに血を吐いて刑場に着く前に死んでしまう」と思ったから走るのをやめさせようとした。②全裸で血まみれの、狂人としか思われない「風体」なので、本当に狂ったと思いあきらめた。・・・のではないかと思うのですが、いかがでしょう。

そして太宰の最大の変更点04 原典ではメロスは裸ではないが太宰は裸で血まみれの「風体」にした、ことの理由は、この「走れメロスについてのあれこれ」シリーズの一番最後にまとめようと思いますが、自己満へそ曲がり流読解では、このメロスが「狂人にすら見える、血まみれで全裸の、ひどくみっともない風体であった。」ことは、以前触れていた「ディオニスが改心したのは、メロスが裸だったから~。」に関わる、重要な伏線となると考えています。さて、次回からは「メロスとディオニスの人間性は実はそっくりだった」ことについて考察していきますよろしければまたのお目通しをお願いします。(このシリーズはまだしばらく続ます。)