ポンコツ先生の自己満へそ曲がり国語教室時々アウトドア

中学校の国語や趣味に関する話題を中心に書いてます。

「少年の日の思い出」の思い出その④

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教科書を読んでいて、今回また新たに「気ーづいちゃった気ーづいちゃったわーいわい(©デッカチャン)」ってことがありました。何かというと「微妙な教科書の記述の変化再び」です。「少年の日の思い出」の旧記述では『僕は、「床にお入り。」と言われた。』でしたが、新記述では『僕は、「とこにお入り。」と言われた。』になっていることに気づいちゃったんですよ。確かに、旧記述の時、生徒に読ませるとかなりの高確率で「ゆかにおはいり」って読むんですよね。ゆかにおはいり、だったら「反省させるため地下室に閉じ込めた」みたいになっちゃいますよね。(高齢の北海道人だったら「室(むろ)に入れられた」みたいな?)ただし、現代っ子には「とこにおはいり」でも説明が必要な子がたくさんいそうな気がします。だとしたら、原文はきっと「ベッド」なんでしょうから、いずれ「ベッドにお入り」あるいは単純に「もう寝なさい」などと、さらに表記が変わるかも知れませんね。(そのころまで教師をやっているかどうかは別として)閑話休題

以前載せました授業でのQ1「あなたなら猫のせいもしくは悪いやつのせいにするか、それともちゃんと告白するか」に対するA1は、「ごまかすか、きちんと告白するか」の二択であり、(道徳的にどうかは別として)まぁどちらも「ありうる答え」でした。これは発問としても答えるにしても、さほど難しくはないので、かなり重要だけどまぁちょっとした授業の中のアクセントになる発問です。(ちなみに私は「できればごまかす」と答えるダメ人間に親近感が持てます。自分自身が意志の弱い人間だから、ということもあるけれど。)

それに対し、99%の国語教師がするであろうQ2「主人公はなぜ最後に自分の集めたチョウを粉々につぶしてしまったのか?」に対するA2、これがもう「みんな違ってみんな良い」の典型的な回答でして、逆に言えば「テストでは出せない問題」です。(ワークそのままの問題を出していて、ワークの解答以外は認めないという先生もごく稀にいるでしょうが、このA2は、明らかに解答ではなく回答ですよね。)

だいたい毎年このような回答が返ってきます。

①チョウを見ると今日のことを思い出してしまいツライから目の前から消してしまいたい(トラウマ解消型)

②チョウを見るとエーミールのドヤ顔が浮かんできて腹が立つからつぶしてしまった(逆ギレ八つ当たり型)

③チョウ集めなんてしたからこんな嫌な思いをしたので、チョウ集めからすっぱりと手を切ろう(原因追及決別型)

④自分の大事なチョウをつぶすことでエーミールの気持ちを味わって反省しよう(追体験反省型)

⑤自分には蝶集めをする資格がないと思い自分自身の戒めとして潰してしまおう(自己批判型)

⑥結局エーミールはおもちゃも何も受け取らなかったから、せめて自分のチョウをつぶすことで償いをしよう(懺悔賠償型)・・・

と、だいたいこれくらいの読み取りが出てきて、どれもイイ回答になる、非常に面白い部分です。ただし、人気で言うとだいたい①、②が多くて、⑤の「償いをする」という考え方は、あまり賛同を得られない傾向があります。(多分生徒の多くがエーミールのことがキライで、腹が立ったという読み取りが強くなるのではないかと思ってます。)ところで私は逆に、個人的に⑥を一番強く推しています。なぜかというと、前述したとおり(いまだに迷っている)ある箇所の読み取りを、「自己満へそ曲がり流」に読解すると償いの気持ちが強く感じられたからです。その箇所とは以下の部分です。

壊れた羽は丹念に広げられ、ぬれた吸い取り紙の上に置かれてあった。しかし、それは直すよしもなかった。触角もやはりなくなっていた。そこで、それは僕がやったのだ、と言い、詳しく話し、説明しようと試みた。すると、エーミールは、激したり、僕をどなりつけたりなどはしないで、低く「ちぇっ。」と舌を鳴らし、しばらくじっと僕を見つめていたが、それから、「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな。」
と言った。

一番盛り上がるシーンですが、この「言い」「話し」「説明しようと試みた」の部分の読解が、どうもイマイチはっきりと割り切れない。へそ曲がり流の読解では、この太字の部分は三種類の違った読み取りができると思うのですが、ちょうどお時間となりました。そのあたりの読解については次回に回させていただきますので、お暇でしたら読んでやってください。お後がよろしいようで。