ポンコツ先生の自己満へそ曲がり国語教室

(高校受験には全く役に立たない)中学校の国語に関する話題を中心に書いてます。

「星の花が降るころに」についての考察その1

突然ですが、私はパソコンのプログラムやハードについては全然わかりませんが、ネットにはISDNの時代から繋いでいて、2ちゃんねるなんかもよく見ていました。それがどうしたかというと、私はこの「星の花が降るころに」の作者である安東みきえさんは、ひょっとしたら「2ちゃんねらー」だったのではないか?という疑惑を感じている、ということなんです。まぁもしそうだったとしても、別にどうということはないのですが、どうしてそう感じたのかというと、この小説のかなり重要なキーワードである「あたかも」の扱い方について、初読の時に「あれ?これどっかで見たな?」と思ったからです。(※注!パクりだと言っているわけではありません!)教科書の解説によれば作者は1953年生まれで、私の一世代上の方ですが、だとしたら十分パソコン通信や、2ちゃんねるに触れていても不思議のない年代です。で、「あたかも」と2ちゃんねるの関係についてです。

そもそも小説の中では、主人公のJCと、密かに(といっても主人公以外にはバレバレの)主人公に想いを寄せるサッカー部の男子(以後矢部君)との会話の中に、この言葉が2回出てきます。1回目は、他の男子に押されて主人公にぶつかり、内心嬉しいくせに怒ってみせた矢部君が、塾の宿題として出された「あたかも、を使って短文を作れ」の答えを、主人公に聞く場面。もう1回は(注!以下ネタバレを含みます)あることで凹んでいた主人公を元気づけるため、わざと矢部君はこう話しかけた場面。

「俺、考えたんだ。」略「ほら、『あたかも』という言葉を使って文を作りなさいってやつ。」略「いいか、よく聞けよ・・・おまえは俺を意外とハンサムだと思ったことがー」にやりと笑った。「ーあたかもしれない。」

生徒のうちほとんどは、矢部君が主人公の気持ちをほぐすために、わざと間違った用法で文を作ったことは理解します。(若干名、矢部君が「頭が悪い」んだ、と考える生徒もいますが、「にやりと笑った。」という表現から、天然ではなく「確信犯」であることがわかります。というか作者はそう読みとってもらいたがっています。)で、この「あたかもしれない」が、たまたまの作者の思いつき、だったとしたらまことに失礼な濡れ衣になるんですが、この「勘違い短文」は、かなり昔からネット上のギャグの一分野として流通していた内容なんですよね。「○○を使って文を作れ」の答えの例として

あたかも→冷蔵庫に牛乳があたかもしれない

まさか〜ろう→まさかりかついだきんたろう

うってかわって→彼は麻薬をうってかわってしまった

もし〜なら→もしもし、奈良の人ですか?`

どんより→私はうどんよりそばが好きです

・・・私が覚えているのはこれくらいですが、少なくとも20年以上、下手したら30年くらい前には、ネット上に載っていた有名なギャグです。改めてここで、勘違いしないでいただきたいのですが、私は安東さんが「パクったに違いない!qあwせdrftgyふじこlp;@:「!(←これもかなり懐かしい)」と批難してるわけではありません。借用したとしても、自分の表現としてきちんと消化して使っていますから、何ら問題はありません。(また、もし「ネットなんて見たことはなかったし、オリジナルのアイディアである」としたら、大変失礼なことを言ってしまって申し訳ありませんでした、とこの場を借りてお詫び申し上げます。そもそもこのようなギャグを思いつくのは、それほど珍しいことでもないですし。)私はむしろ、こんな古めかしいギャグが、今の生徒にもウケていることを、元2ちゃんねらーとしてうれしく思っています。

さて、ひょっとしたら失礼な話になってしまったかも知れませんが、この「星の花が降るころに」は、ある一箇所の表記を抜かして、いろいろ突っ込んで生徒に読み込ませたい、含みを持った面白い表現がたくさんある、優れた小説だと思います。(←取り繕っているつもりはないのだけれど、なんか言い訳がましく見えるなぁ・・・)

次回からは、何回かに渡って、多分あまり他の国語の先生が突っ込んでいないであろう箇所に、高校生レベルのマニアックな読み取りをさせた授業の内容をご紹介します。お暇があれば読んでやってください。どっとはらい

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