ポンコツ先生の自己満へそ曲がり国語教室時々アウトドア

中学校の国語や趣味に関する話題を中心に書いてます。

教科書会社に電話した話その4

もちろん極論であり、この辺が「へそ曲がり」なわけですが、私は授業の中でよく生徒に、「性格の悪い人は国語ができるはず。」と言ったりしています。どういうことかというと、「人の揚げ足取りがうまい」とか、「人のしくじりに目ざとい人」は、国語の読み取りがうまい(はず)だという意味です。(※注!だからといって「国語ができる人がみんな性格が悪い」ということではありません!)

まぁその「性格の悪い典型」が、常に鵜の目鷹の目で突っ込みドコロを探している、この私自身であることは自覚も自負もしています。(←自負はマズいだろうに)しかしながら、文章を「何か裏の意味はないか?」とか、「何か矛盾点はないか?」と考えながら読むことは非常に大切なことです。私自身は、ミステリー小説を好んで読んでいたことが影響して、こんなへそ曲がりややこしい読み方をするようになったのでしょうが、生徒にも「教科書でもその他の本でも、字面だけ読んで全部分かったつもりになっていたらもったいないぞ」ということは伝えたいですね。

前置きが長くなりましたが、今回のお題「教科書会社に電話した話」の教材は、15年くらい前の、教育出版3年生の教科書「『新しい博物学』の時代」についてです。で、私がいちゃもん疑問を呈した部分を引用します。

(前略)かに星雲は、おうし座ゼータ星の近くにある、熱いガスの塊が多数群れている星雲です。望遠鏡で見ると、星雲の形が、かにの甲羅の形に似ているので、かに星雲と呼ばれています。大きな望遠鏡で詳しく観測すると、強い光が筋状に走っており、その光は激しいエネルギー放出が起こっているために発生していると考えられています。
 年を隔てて撮った写真を詳しく調べると、かに星雲は高速度で膨脹していることがわかります。これは、かに星雲超新星爆発の残骸であるためだと推定されています。爆発で誕生したガスやちりのようなものが膨脹し続けているのです。では、この超新星爆発はいつ起こったのでしょうか。星雲の膨脹速度をもとにして計算してみますと、約九〇〇年前だろうという結果が出ました。しかし、現代天文学の最新の技術と知識を導入しても、爆発が起きた年を正確に割り出すことは不可能でした。
 この問いに示唆を与えてくれる文書が、ある日本人のアマチュア天文家によって指摘されました。「小倉百人一首」の編者として有名な藤原  定家の日記『明月記』です。定家がそれを書き始めたのは一一八〇(治承四)年で、十九歳のときでした。以来定家は、五十六年間書き続けた日記のいたるところで、さまざまな天文現象を書き留めています。そして、自分が見たこととともに、それと同じような天文現象が過去になかったかどうかを丁寧に調べて、書きつけているのです。定家は著名な歌人ですが、朝廷の役人が本職であり、前例を調べるのが習慣となっていたようです。
 一二三〇(寛喜二)年十月二十八日、客星(訪れ、去っていく客のように、一時的に輝く星や彗星のこと)の出現を目撃した定家は、その様子を毎日のように詳しく日記に書きつけるとともに、過去の文献を読んで前例がないかどうかを調べました。『明月記』の十一月八日の項には、過去の客星の出現例が八例載っています。
 次の文章は、その出現例の一つです。

後冷泉院の天喜二年四月中旬以後、丑の時客星が觜參の度に出づ。
東方に見はれ、天関星に孛す。
大きさ歳星の如し。

後冷泉帝在位の天喜二(一〇五四)年四月中旬以後に、深夜二時ごろ、新しい星がオリオン座の方向に出現した。
東の方向に現れて、おうし座ゼータ星近くで明るく輝いた。
大きさは木星くらいである。

 この記録に表された星の位置は、かに星雲の位置とぴたりと一致しました。さらに、一〇五四(天喜二)年は、かに星雲超新星爆発が起きたと推定される時期とも一致します。定家の記録と最新の技術とを合わせることによって、超新星爆発が起こった年が一〇五四年というように決定できたのです。
 ならばと、世界じゅうの天文学者によって、定家が記録した他の例も調べられました。その結果、一〇〇六(寛弘三)年のおおかみ座の超新星爆発と一一八一(養和元)年のカシオペヤ座の超新星爆発も、定家の記録と一致することがわかりました。さらに、現代では、定家によってもたらされた明るさやその時間変化の克明な記録から、爆発した星のタイプや重さも割り出せるようになりました。
 以来、天文学者は、中国や日本の古典を調べて、天文現象の記録を調べるようになりました。(後略)

 

併せて「かに星雲」についてウィキペディアから一部抜粋

かに星雲[1](かにせいうん、Crab Nebula 、M1、NGC 1952)はおうし座にある超新星残骸で、地球からの距離はおよそ7000光年。典型的なパルサー星雲で、中心部には「かにパルサー」と呼ばれるパルサーの存在が確認されており、現在も膨張を続けている。

この星雲の元となった超新星爆発が1054年に出現したことが、中国や日本の文献に残されている

さて、いったい私はこの教科書の記述のどこにクレーム疑問を感じ教育出版に電話をしたと思いますか。長くなりましたので続きはまた次回。お時間があれば読んでやってください。

f:id:ponkotsu1000sei:20211017135918j:plain

かに星雲