ポンコツ先生の自己満へそ曲がり国語教室時々アウトドア

中学校の国語や趣味に関する話題を中心に書いてます。

「夏の葬列」(山川方夫)で感じた違和感②

前回書きました「違和感」についてですが、皆さんはどこかに違和感を感じたでしょうか?さて、私が感じた違和感とは何かというと、ヒロ子さんのセリフの中の、「早く、道の防空壕に・・・」なんです。もっといえば、「道の」です。これって、切羽詰まった状況で必要でしょうか?「早く防空壕に」で十分伝わりますよね。

「えー?全然不自然に感じなかったけど?」という方もいらっしゃると思いますが、状況が状況です。艦載機から銃撃を受けているという緊急事態に、何でこんな説明的な言葉を言わせているのか?と、私は不自然に感じたわけです。そして改めて読み返してみると、この伏線が効いてくるわけです。「ヒロ子さんはあぜ道を大回りしている。」

ほとんどの国語の先生が、この箇所について私と同じく違和感を感じ、この箇所について、「つまりヒロ子さんは、あぜ道を走っていたから防空壕にすぐ入れたんだけど、そこに入らずに彼をわざわざ助けに来た、ということだね。」という読解を授業の中で入れていたはずです。ここで、「自分一人だけだったら防空壕に避難すればよかったのに、それをしないでわざわざ危険な芋畑の中まで助けに来てくれた、そのヒロ子さんを、主人公は突き飛ばしてしまったんだね。」ということを確認するわけです。まぁ人によっては、「まさに運命の分かれ道だったわけだね。」とか言ってドヤ顔する先生もいたことでしょう。(・・・あ、そりゃ俺だ。)ここで、「まじめで良心的で献身的なヒロ子さん」が酷い目に遭い、「行き当たりばったりで自己中心的なクソガキ主人公」の命が助かってしまう、という皮肉な運命と、性格の対比が明らかになってくる場面です。99%の先生がこう教えているはずです。

さて、ここからが、のこり1%の自己満へそ曲がり読解なわけですが、私はこの箇所についてはこう問題提起します。「ヒロ子さんは道を大回りしていたから防空壕が近くて逃げることができた。そして、ヒロ子さんは、いったん安全な防空壕の中に避難したのに、わざわざその安全地帯から、主人公を救うために出てきたということが書かれてあるわけだが、そのことについては読み取れるかな?」

まぁほとんどの生徒は「そんなことは書いてありません!」というのですが、学級の中の鋭い生徒1~2名くらいは、「ここに書いてあるよ。」と指摘すればピンと来ます。皆さんはいかがでしょうか?この件の自己満へそ曲がり読解はまた次回。

ネタを引っ張ってるようにお感じでしょうが、その通りです。日常ネタがあまり豊富な人間ではないポンコツですので、細く長く続けさせてください。ということで、違和感その③は、明日のこころだ~!(←昭和の人しかわからない、ラジオ「小沢正一的こころ」からのパクリ。)

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