ポンコツ先生の自己満へそ曲がり国語教室(と年寄の冷や水)

中学校の国語や趣味に関する話題を中心に書いてます。

「九マイルは遠すぎる」ごっこをしてみたら

「思わず振り返って、子供たちがまっすぐに指さす空を見上げると、ああ、たしかに虹だ。」

 

さて、この文だけから分かることはないかな?どんな当たり前のことでもいいから、何でも気づいたことがある人は?・・・ポカーン。チーン。・・・

まぁ無理もない話で、この小説は1年生の教科書の最初に載っている場合が多く、いわゆる「中1ギャップ」対策的な面も含めて、教科書会社が構成していると思われます。(現行の光村図書の1年「シンシュン」「星の花が振るころに」や2年「見えないだけ」などは、モロに「新しい学級になじめるか不安な生徒」や、「元の友達と疎遠になって不安な生徒」向けのお話ですよね。)

小学校から上がってきて、いきなりこんな訳のわからない発問をされても、何を言っていいやら。(「九マイル~」的に言えば「大学生でさえ理解するのは容易じゃない。まして中一最初の題材となるとなおさらだ」ってとこでしょうかね。)

結局、「どこの国の話かな?」だの、「時間はいつぐらいかな?」とか、ほぼ誘導尋問に近いヒントを出して、何とか以下のような読み取りを引き出しました。

○日本の話である。○時間は夜ではない。○さっきまで雨が降っていた。○この人は大人か、もしくは中学生くらい?何にしても小学生ではないと思われる。○男性の可能性が高い。(←最近はこういう発言に神経を尖らせないといけないらしく、なんだか生きづらい。「嫌な渡世だなぁ」by座頭市

頑張ってもこれが限界でしたので、こちらの方でいくつか例を挙げてみました。

①子供たちは話し手の後ろ側にいた。(まっすぐに指さす空を、から)②話し手はこの文章の直前に、「虹が出ている」ことを、何らかの情報を得て気がついた。(たしかに虹だ、から)③その情報は聴覚による可能性が高い。(というか他には考えづらい)④ならば、子供たちが叫んだことで気づいた可能性が高い。(少なくとも子供たちは話し手より先に気づいているから)

ただ、これはハッキリ言って「ズル」なんですよね。なぜならこちらは事前に本文を全部読んでいるから。まぁ「答えを先に知っていて、答えにつながるように無理矢理つなげた推理」だということになります。「先に答えを知っている」と、強引にこんなこじつけ推理もできます。⑤話し手はそれまでうつむいて歩いていた。(見上げると、から。でもこれはかなり無理がありますね。)もっと強引な推理として⑥うつむいて歩いていて虹にも気づかないということは、何かに気を取られていたにちがいない。ひょっとしたらうつむいていたなら、何かで落ち込んでいたのかもしれない・・・なんてね。

確かにこの少年(中学生)は、いろいろなことがうまくいかずに落ち込んで、下を向いて歩いていたのですが、それを先に知っていれば、強引につなげることは簡単にできてしまいます。というわけで、この題材を使っての「九マイルは遠すぎる」ごっこは、我田引水的というか、都合の良いゲリマンダー的と言うか。まぁとにかく本家以上にうまくいきませんでした。

ところで、この「ゲリマンダー的」という言葉の使い方は、微妙に違っているかもしれませんが、私がこの言葉を知ったのが、明石散人著「東洲斎写楽はもういない」という推理小説?の中でした。教師になってから読んだ本ですが、その鮮やかな推理というか証明には本当に驚きました。専門家は何というか知りませんが、写楽の正体についての証明が驚くほど「腑に落ちた」のです。他にも色々な「写楽本」があり、私も数冊よみましたが、これに勝る写楽本はないと思っています。次回はそれこそ「正体不明の写楽はもういない」と思わせてくれた、この本や、この本に関連したり連想した別の推理小説についてもちょっと触れつつ、また別の国語の授業の話題につなげたいと思います。どっとはらい

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